どのくらい時間が経ったのだろう、誰かが呼んだような気がしたので、ウミヒコは顔を上げた。

空には既に月が昇っている。
「ハヤテか!」
「良かった! 生きておった!」
ウミヒコは、その聞き覚えのある声に振り向くと、そこには月明かりに照らされた一組の男女が立っていた。
「おとう! おかあ!」
そう言うが早いかウミヒコは立ち上がって、その二人のところに駆け寄った。そして、この三人はしっかりと抱き合った。ハヤテ・・・それがウミヒコの本当の名であった。
彼ら一家は仲間と共に船団を組んで、急ぎの用事のために西国からはるばる津軽目指して海上を移動していたところ、この前の嵐に遭遇してしまったのである。そして、彼らの船はこの近海で座礁してしまった。その際殆どの者は、仲間の船に救助されたのだが、ハヤテだけが行方不明になっていたのだ。しかし、彼らはハヤテの捜索願いなどを、公(おおやけ)に出すわけにはいかなかった。
なぜなら、彼らは影の世界に生きる者たちであったからだ。表向きは漁をしたり物資の輸送などをしているが、事があれば、水軍(すいぐん)と呼ばれる武装集団の諜報機関として機能する、謂わば海の忍者なのだ。もしハヤテが敵方の手に渡れば、即刻殺されるか、彼らの情報を聞き出すために拷問を受け、その後殺されるだろう。いずれにしても、この情報が公になれば良い結果にはならない。
そのため、ハヤテの捜索は一般の行商人を装って徒歩で行われたため、このような日数を要したのだ。
ハヤテは、再会出来たことによる嬉し涙を拭きながら、ここの村の仲間に入れてもらっていることを父母に告げた。
「そうか。この村の衆には世話になったのう・・・。」
月明かりで砂丘越しに見えている村の萱葺き屋根を見渡してから、父は話しを続けた。
「ハヤテ、よう聞け。おとうとおかあは、今お前を連れて帰るわけにはいかん。近いうちに必ず迎えに来る。それまでこの村を出んと待っておれ。それと、今宵のことと己(おのれ)の素性は誰にも言うてはならんぞ、よいな。」
仲間以外の者に己の素性を明かすなということは、普段から言われていることだ。また、今夜のことをここの村人に言えば、彼らはハヤテの素性について何かと詮索するだろう。それらがハヤテと彼の父母にとってあまり良い結果をもたらさないということは理解出来たが、なぜ父母が自分を今すぐ連れて行ってくれないのかをハヤテは理解することが出来なかった。
しかし、父の表情があまりにも真剣だったので、黙って頷いた。すると、たちまち一陣の風が巻き起こり、砂が舞い上がって父母の姿を掻き消した。
「おとう! おかあ! 行ってはいかん!」
ハヤテは叫んだが、既に父と母の姿はそこには無く、風は激しさを増し、彼の身体を大きく揺さぶった。