夜が明けると、ウミヒコがいないという老婆キヌの騒ぎで、村人たちは眠い目を擦りながらも起きて浜に集まっていた。その中から、お宮の中の様子を見に行っていた長他数名の者が、たった今戻って来たところだった。長は意外に落ち着いた口調で言った。
「やはり思った通り、あの旅の衆もいなかったよ・・・。
お前たち気付かなかったか? あの衆は漁もするだろうが、本業は漁師じゃない。漁師が何であのような戦の詳しい有様を知ることが出来よう。あれは、戦に加わったあの衆がその目で見たことだろう。そもそも、あのように琵琶を弾きこなすだけでも只者ではないことが判る。また、仲間同士で話す言葉は、ウミヒコの話す言葉とよく似ていたじゃないか・・・。
お宮にこれが置いてあった。おい、神職。すまんが読んでくれないか。」
この村で唯一字が読めるお宮の神主が、長から木片を受け取った。
「息子世話になりて候(そうろう) 半次」
と神主は読み上げた。
「あの衆はウミヒコを探しにやって来て、見付けたんで連れて行ったんだろう。文に添えてこれが置いてあった。」
長は古ぼけた小振りの巾着の口を開けると、それを皆に回した。見掛けよりずっしりとしたその巾着を手に取って中を覗き込んだ者の口か、ら次々に「オー」という溜め息混じりの声が漏れた。中身は砂金だったからだ。この村のすぐ近くの山に流れる川から砂金が採れるのだが、ここは漁師の村なので、実際にそれを手に取って見るのは初めての者がその殆どだった。
「宗吉さんは、判ってて放っといたのかい?」
と誰かが尋ねたので、宗吉はそれに答えた。
「最初は殿様に知らせようかどうしようかと迷った。でも、よく考えてみると、知らせたところでどうなる。褒美が出たとしても、どうせほんの雀の涙ほどだろう。殿様は俺たちから魚や塩を取ることはあるが、村に土産など持って来たことは一度も無い。
一方あの衆は、俺たちにとって貴重な品々を持って来て、俺たちと共に火を囲み、諸国の珍しい話しも聞かせてくれた。これを良しと取るか欺かれたと取るかは人それぞれだろうが、俺はあの衆を殿様なんぞに差し出すことは出来なかった。」
その言葉に、皆はそれぞれ黙って頷いた。長は続けた。
「但し、俺たちと同じく海に生きる者ではあるが、あの衆は俺たちには計り知れぬ世界に住んでいる。知らぬ者が下手に口や手を出すと、事が余計にややこしくなることもあろう。巣からはみ出た海鳥の子は、親鳥が巣に連れ戻すのが一番良い。そう思ったんで、謀(はか)られたふりをしてたのさ。」
旅人とウミヒコとの関係を無理に問いただせば、彼らは素性を知られることを恐れて、もっと強硬な手段を選んだかも知れない。それを避けるため、長は最善と思われる方法で対処していたのだ。
ウミヒコの親代わりになっていた老婆キヌが涙声で言った。
「あの子はね、昨日の夜寝る前にオレの手を握って、『キヌ婆様、いつまでも元気でおってくれ・・・。』なんて突然わけの解らないことを言ってたんだよ。これでようやくわけが解ったよ・・・。」